アドルフに告ぐでめぐる神戸の旅 本文へジャンプ
 

エリザを迎えに港へ

「アドルフに告ぐ」の(ワイド版第3巻P172、文庫版第3巻P232)をご覧ください。真ん中の大きなコマで昭和15年(1940)11月神戸とあり、港の突堤に入ってくる客船が描かれています。今回この絵のモデルとなったと思われる絵葉書がありますので、ここで紹介します。

神戸港

神戸築港第一突堤
『神戸築港第一突堤』
どうでしょうか。突堤の建物の様子は1階も2階もほぼ同じです。船のデザインもこの絵葉書と同じ様に描かれています。神戸築港第一突堤とありますが、ここは現在の新港第4突堤です。数字が変わったのは、戦前と戦後で文字の書き方が反対になった影響です。

港内埠頭に並ぶ倉庫の偉観
『港内埠頭に並ぶ倉庫の偉観』
同じ場所の建物2階から反対側の山側を撮影した絵葉書です。2階の手すりの様子などが確認できます。今回この絵葉書をデジタル彩色してみました。

港内埠頭に並ぶ倉庫の偉観
海から見える山の雰囲気が出ました。
新港第四突堤から見る神戸
現在の新港第4突堤に行ってみました。実は左の三菱の倉庫と右の三井の倉庫はそのまま今もあります。ビルが増えて山並みは見えにくくなりましたが、やはり昔と同じ形で今もあります。

また隣のページ(ワイド版第3巻P173、文庫版第3巻P233)の真ん中のコマをご覧ください。こちらも神戸港ですが、恐らく船の反対側から見た絵になると思います。このコマの中心にレールに乗った大型の港の設備がありますが、こちらの設備も絵葉書に写っているのでここで紹介します。

神戸港突堤の繋船
『神戸港突堤の繋船』
違う用途の設備なのでしょうが、同様の港の設備があります。また当時は鉄道で物資を輸送するために突堤に鉄道が横付けできるように、真ん中に鉄道のレールが敷かれていたのがわかります。その様子を地図で確認したいと思います。

神戸港地図
昭和2年の神戸市街図より。
戦前の新港突堤です。全ての突堤に鉄道のレールが引かれています。そして、確かに突堤の順番が右から左の数字で記されています。

神戸港地図
昭和29年の神戸市街図より。
戦後になり現在の新港突堤の順番になっています。そして現在は、全ての突堤に鉄道の線路はありません。代わりではないですが、第4突堤の上にポートライナーがポートアイランド方面へと進んでいます。

Google mapsより

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摩耶山の絵葉書
『摩耶山』
この絵葉書は少し変り種です。摩耶山にある山上寺を描いた和風の絵になるのですが、一見古そうに見えるものの摩耶山の先に神戸の街並みがあり、その先に神戸港の4本の突堤の様子が描かれています。港にはポートアイランドがないかわりに、扇形の防波堤が広がっているのが見えます。この形などから、昔は神戸港を別名「扇港」と言ったそうです。野坂昭如氏の短編小説「ラ・クンバルシータ」の登場人物が作品の中でそのことを言っているシーンがありますので紹介します。
『六甲登ろやないか、扇港いうてな、神戸港の防波堤扇の形になっとんねん、小学四年の時、俺、あすこの林間学校行ってなあ、よう写生したわ』
野坂昭如『アメリカひじき・火垂るの墓』新潮社,新潮文庫, 1972.短編小説「ラ・クンバルシータ」P188
まさにこの絵と同じことを言っているのがわかります。

2011年9月16日追記

調査を続けた結果、これら神戸港の二枚の絵のモデルとなった写真を発見しましたのでご紹介します。

昭和4年発行「日本地理大系第7巻近畿編」より
まさに右ページの絵と同じです。この写真も初めに紹介した現在の新港第4突堤にあたる、当時の第1突堤です。しかし本の解説文によるとこの写真は入港時ではなく出航時の写真のようです。確かに出航の紙テープが白く写っています。

昭和4年発行「日本地理大系第7巻近畿編」より
こちらは左ページの絵の元となった写真です。船に描かれた「HONG KONG MARU」という文字も漫画に描かれているのが確認できました。手塚先生はこれらの写真を元にエリザが日本にやってくるシーンを描かれたということが解りました。
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