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神戸大丸と元町

「アドルフに告ぐ」の(ワイド版第3巻P16、文庫版第3巻P76)をご覧ください。上下2コマの大きなコマがあり、共に神戸を象徴する場所が描かれています。今回は下のコマの大丸神戸店を中心としたコマに注目したいと思います。
このコマは上空から見たトアロード側の大丸の入口と屋上、そして当時大丸前を走っていた路面電車と、残念ながらせりふで隠れていますが元町商店街の入口あたりまでが描かれています。神戸大丸は昭和2年現在地で開業していますので、当然ながら「アドルフに告ぐ」の時代にも存在していたことになります。まずはその昭和初期の神戸大丸からご紹介したいと思います。

昭和初期の神戸大丸

昭和初期の神戸大丸
昭和2年開業時ごろの神戸大丸です。左隣に写っている建物は昭和4年建築の三菱銀行三宮支店です。写真から判断できるように、手塚先生はかなり細かい描写まで神戸大丸の姿を正確に描いています。階数、屋上の形も正確です。またこの写真では北側の屋上看板のみが見えますが、この屋上の上にある丸の中に「大」の字も東側の屋上看板に漫画では描かれています。写真では東側屋上看板がのる塔の部分のみですが確認できます。
余談ですが、右に写る車の上などに自動車用の信号機があるのが見えます。昭和一桁の時代にもう信号機はあったとは驚きです。右手上にはジョニーウォーカーの看板もあります。宣伝看板があるぐらいですから、外国人だけでなく一般の日本人たちもスコッチウイスキーを飲んでいたのでしょう。贅沢です。

昭和初期の神戸大丸
(神戸名勝)『街頭の美観大丸付近』
カラー絵葉書です。神戸大丸が増築されているのがわかります。「神戸建築データバンク」の記録によると、昭和11年に増築が行われたそうです。開業時と比べるとまず右手奥まで建物が広がっており、7階部分と屋上の形が若干変化しています。窓の形なども少し変更があります。
「アドルフに告ぐ」の(ワイド版第3巻P175、文庫版第3巻P235)で紀元節のお祝いをしていますが、真ん中右のコマに描かれている建物の側面が、窓の形や階数などからこの増築後の大丸に近いと思われます。

現在の神戸大丸

神戸大丸
2011年現在の神戸大丸です。こちらはトアロード側にあたる東北側の正面になります。昭和2年完成当時はこの入口方面の一部分のみでしたが、増築拡張を広げて現在は元町商店街側から南の旧居留地38番館等も大丸として営業しています。
また戦前と建物の雰囲気が違うのは、1995年の阪神淡路大震災によりこちらのトアロード方面の建物が大きく破損し、その後1997年に再建されたことによります。

神戸大丸
元町商店街側にあたる西北側の正面です。JRや阪神電車の元町駅を下りて南に歩くとこちらの出入り口方面へたどりつきます。こちらのほうが階数が低いのは、こちらの元町方面の建物は阪神淡路大震災での崩壊を免れた古い建築部分にあたるためです。

元町商店街の入口付近
こちらの絵葉書は元町商店街の入口付近ですが、奥に増築後の神戸大丸の姿が写っています。こちらにも丸に大の看板があります。元町側の現在の大丸正面にあたるカーブした建物は、建設当時は日本生命のビルでした。

新旧大丸神戸店比較

戦前の神戸大丸
神戸大丸
せっかくなのでほぼほぼ同じ位置で比較してみました。現在の大丸は昔と比べるとかなり大きいです。左の三菱銀行だった場所に建つビルは現在も東京三菱UFJ系の会社が使っています。昔の西欧風の建物がなくなったのは残念です。

ダイヤモンドビルの石碑
と思っていたら、建物の東隣にこんな石碑がありました。文章を起こしてみます。
『この石柱は1929年(昭和4年)に、三菱銀行三宮支店(現神戸支店)として建設された建物の柱頭部分である。なお神戸ダイヤモンドビルエントランスホールにある獅子のブロンズ扉は、旧建物正面玄関の扉を移設したものである。1989年1月』
ということは、前の建物は1980年代までは現存したということでしょうか?

石柱
石碑の上に置かれている石柱です。

建物の石柱
写真を拡大してみました。この部分が保存されていることがわかります。

獅子のブロンズ扉
移設されて保存されている獅子のブロンズ扉。かなりの迫力です。

さて、このコマには一つのちょっとした疑問点があります。それは「なぜ上空から見た大丸なのか?」ということです。単に構図的に上空からの絵が良いと思いある程度想像で描いたのか、それとも他に理由が…。と考えていたら、ほぼ同じ構図の写真がありましたので紹介したいと思います。
神戸大学付属図書館のデジタルアーカイブスにある(外部リンク)震災記録写真(大木本美通撮影)からです。

外部リンク
震災記録写真(大木本美通撮影)朝日ビル屋上から西を撮影

1997年当時の現在の大丸神戸店が再建されたときの記録写真ですが、構図の位置関係から見てちょうど手塚先生が描いた大丸と同じ姿に写されています。これは大丸の東に位置する朝日ビルの屋上からとなっています。

外部リンク
震災記録写真(大木本美通撮影)朝日ビル屋上から、西方向を撮影

これも朝日ビル屋上からですが、これは今となっては非常に貴重な記録写真です。1995年2月25日撮影となっていますから、1995年1月17日の震災発生から一ヶ月過ぎに撮影された解体される以前の神戸大丸です。

神戸朝日ビル

神戸朝日ビル
撮影された神戸朝日ビルへ行ってみました。この建物は低層部分が1934年(昭和9年)に「旧神戸証券取引所」として建築された建物を外観保存した上で、高層ビルとして1994年に建築された建物です。よって震災の1年前に建てられています。

神戸朝日ビル
歩行者と比較しても低層部分の柱の大きさがわかります。この低層部分は朝日ビルの建築以前は「神戸朝日会館」として主に映画館として使われていました。その名残か現在も地下に映画館があります。また2011年に新しい神戸朝日ホールができました。

神戸朝日ビル
上層部分は高層ビルですが、低層部分が十分すぎるほど重厚なので、雰囲気の違いなどはあまり気になりません。

しかしこのビルは1994年建築ですので手塚先生が「アドルフに告ぐ」を描かれた時代には、現在の低層部分のみしか存在していないことになります。旧朝日会館も隣の旧三菱銀行も当時の大丸より高さが低いので、当然ながらあの写真の構図を見ることは空撮などをしない限り絶対に不可能です。
この点はかなりの謎です。手塚先生は未来を見ていたのでしょうか…?

2011年9月16日追記

謎としていた問題が解決しました。昭和4年に発行された「日本地理大系第7巻近畿編」という出版物にモデルとされた写真が掲載されていました。

日本地理大系第7巻近畿編より
まさに100%この写真を元に手塚先生は元町の大丸の姿を描かれたというのが解ります。大丸の形から個別の建物まで全てが漫画の中に登場しています。
しかし昭和の初めに空撮をしていたというのもまた驚きでした。元町商店街のすずらん灯も通りに並んでいる姿が見えます。また、朝日ビル屋上からの撮影と比較していただければ、昭和から平成の姿を比較してもらうことができると思います。

Google mapsより

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