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橋から落ちるミッシェ

「アドルフに告ぐ」の(ワイド版第1巻P255、文庫版第1巻P257)をご覧ください。有馬温泉へたどりついたアドルフ・カウフマンを待ち構えていたミッシェが、運悪くもカウフマンを問い詰めた挙句に橋から落ちてしまいます。カウフマンの父もそうですが、この作品の中のドイツ諜報部員はどうもいいところがありません。
ミッシェが落ちる橋は、見た感じだとコンクリート造りで正方形の穴が並んだ形になっています。今回この橋を探しに有馬温泉へ行ってきました。

有馬温泉の橋

太閤橋
漫画同様の橋などあるのかわからず、とりあえず有馬温泉の橋を一つ一つ見ていきました。まずは太閤橋です。有馬温泉によく訪れたという豊臣秀吉をモチーフにした橋です。

太閤橋
太閤橋。神戸電鉄の駅やバス停もすぐそこで、ここが有馬温泉のほぼ中央になります。

橋の桐紋
豊臣家の五七の桐紋が描かれています。

ねね橋
ねね橋です。太閤秀吉の正室である「ねね殿」がモチーフになっている橋です。「ねね殿」は歴史作品や時代設定によって、「おね殿」や「北政所」と呼ばれます。

ねねの像
橋の手前には「ねねの像」があります。

杖捨橋
杖捨橋です。杖を捨てる橋とは?有馬温泉の由来を語る看板によると、有馬へ向かう道は杖を突いてきたが、温泉に入ることにより元気になり、帰りは杖が要らなくなった、という由来のようです。

乙倉橋
そして有馬川沿いに北に歩くと、ミッシェが落ちた橋らしき橋を見つけました。コンクリート作りに正方形の穴が並ぶ形です。

乙倉橋
この橋は「乙倉橋」といいます。正方形の穴には格子状のふたがされていますが、それを取り外したら漫画に登場する橋とそっくりだと思います。また(ワイド版第1巻P25、文庫版第1巻P27)の上のコマに描かれている有馬温泉の川にも、この橋と同じような橋が描かれています。

有馬駅と乙倉橋
格子状のふたにあった説明。簡単にまとめると、国鉄有馬駅が開業した際に駅前にこの「乙倉橋」が架けられ、昭和3年に現在の鉄筋コンクリートの橋ができたとあります。まさに「アドルフに告ぐ」の時代にこの橋はあったのです。
そして昭和13年の大水害には耐えたが、1995年の阪神淡路大震災で大きな被害を受け、大改修が行われたとあります。橋をよく見ると古そうな部分と新しそうな部分が混ざっているのはこのためだと思われます。

有馬鉄道
有馬鉄道の説明。大正4年に三田から有馬までの有馬鉄道ができたが、戦時中の昭和18年に廃線になったとあります。戦前に廃線となった鉄道ですから、現在その存在を知っている人は少ないでしょう。

国鉄有馬駅
橋にあった絵。当時の国鉄有馬駅の様子です。

国鉄有馬駅
当時の駅前広場と乙倉橋の様子。右上に写るのはごみ出し用のネットです。観光客はここまで来ないのか、地域のごみ出し場所になっていました。

国鉄有馬線開通記念式典
橋の右手前にあった写真。大正4年の開通記念式典の写真だそうです。

自動車の写真
橋の左手前にあった写真。当時の自動車でしょうが「アドルフに告ぐ」の(ワイド版第3巻P208文庫版第3巻P268)に出てくる自動車とかなり似ています。

乙倉橋での二人の争いの様子を「神戸特集」にて『有馬温泉イラストで再現!乙倉橋での争い』として別項目で取り上げていますので、そちらもぜひご覧ください。
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